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エアロスミス AEROSMITH

スティーブン・タイラーとジョー・ペリー

エアロスミスアメリカン・ハード・ロックの王者。
73年にデビューし、 "闇夜のヘヴィ・ロック"でブレイク。76年の"ロックス"で人気を決定的にするが、 その後、薬物の問題やメンバー間のいざこざで低迷。しかし80年代後半に "パーマネント・ヴァケイション""パルプ"をヒットさせ完全復活。 90年代と2000年代も充実した活動を続けている。

エアロスミスは80年代のアメリカのハードロックバンドの大多数に 影響を与えており、モトリー・クルーやガンズ・アンド・ローゼズなど、エアロスミスを リスペクトするバンドが数多い。
日本でも人気が高く、ドーム・ツアーを成功させており、 キムタクのドラマの主題歌になった"エンジェル"、 アルマゲドンの主題歌"ミス・ア・シング"は、 エアロスミスを知らなくても聞いたことがあるはず。

メンバー
スティーブン・タイラー・・・ボーカル
ジョー・ペリー・・・ギター
トム・ハミルトン・・・ベース
ジョーイ・クレイマー・・・ドラム
ブラッド・ウィットフォード・・・ギター

エアロスミスの歴史Ⅰ

エアロスミス

エアロスミスの始まり
分厚い唇が元で「ニガー・リップ」というニック・ネームをつけられていた スティーブン・タイラーは不良少年だった。父の影響で バンド活動を始め、最初はドラムだったが後にボーカルに転身。 ジョー・ペリーらに出会ってエアロスミスを始動することになる。

1973年
エアロスミスはデビュー・アルバム"野獣誕生"をリリース。 このアルバムはトップ・チャートに入らなかったが、 名曲"ママ・キン""ドリーム・オン"を収録しており、彼らのブレイク後に ヒットすることになる。ちなみに、"ママ・キン"はガンズ・アンド・ローゼズが カバーし、"ドリーム・オン"はエミネムが"シング・フォー・ザ・モーメント" という曲の中でサンプリングに使っている。

1974年
エアロスミスはアルバム"飛べ!エアロスミス"をリリース。 このアルバムもヒットしなかったが、次作の傑作への足がかりと なる。また、ヤードバーズの"トレイン・ケプト・ア・ローリン"を カバーした。

1975年
エアロスミスはアルバム"闇夜のヘヴィ・ロック"をリリース。 このアルバムはエアロスミスをロック・スターした、 バラエティに富んだ充実作。 収録曲"ウォーク・ディス・ウェイ"は後にRUN-D.M.C.と共演し、歴史を 変えることになる。
初期のエアロスミスはローリング・ストーンズ、ヤードバーズ、 クリームなどのブリティッシュ・ロックに影響を受けていた。 そのため、イギリスでは「エアロスミスはローリング・ストーンズの 焼き直しだ」と批評され、評価されるまでに時間がかかることになる。

エアロスミスの歴史Ⅱ

スティーブン・タイラー スティーブン・タイラー

1976年
エアロスミスはアルバム"ロックス"をリリース。 "ロックス"はエアロスミスの最高傑作と言われている。 このアルバムで、 スティーブン・タイラーの独自のヴォイスとジョー・ペリーのギタープレイ が最高の形で確率された。
エアロスミスの最大の功績は、ヤードバーズなどのブリティッシュ・バンドから 受けた影響をアメリカ人らしい手法で、アメリカのキッズたちにハード・ロックを 見せつけたこと。この頃ライバルと言われていたキッスとともに アメリカの若者たちを刺激した。

1977年
エアロスミスはアルバム"ドロー・ザ・ライン"をリリース。 "ドロー・ザ・ライン"はメンバーがドラッグに溺れながら製作したアルバム。 また、初めてイギリスに渡英し、レディング・フェスティバルに 出演した。この頃からようやくイギリスでも評価されるようになる。

1978年
エアロスミスはライヴ・アルバム"ライヴ・ブートレッグ"をリリース。

1979年
エアロスミスはアルバム"ナイト・イン・ザ・ラッツ"をリリース。 ドラッグとライヴに明け暮れた結果、メンバー同氏も対立し、このアルバムの製作中に ジョー・ペリーが脱退する。

1982年
エアロスミスはアルバム"美獣乱舞"をリリース。 ブラッド・ウィットフォードが脱退し、エアロスミスの最も低迷期とされる 時期のアルバム。

1985年
エアロスミスはアルバム"ダン・ウィズ・ミラーズ"をリリース。 ジョー・ペリーとブラッド・ウィットフォードが復帰し、 オリジナル・メンバーに戻った1作目。

1986年
エアロスミスはライヴ・アルバム"ライヴ・クラシックス"をリリース。

1987年
エアロスミスははライヴ・アルバム"ライヴ・クラシックスⅡ"をリリース。 ライヴ・アルバムを2年で2作も出した理由は、レーベルの移籍や契約の問題ため。

エアロスミスの歴史Ⅲ

エアロスミス

スティーブン・タイラー、ブリトニー・スピアーズ
ジョー・ペリー

1987年
エアロスミスはアルバム"パーマネント・ヴァケーション"をリリース。 このアルバムは、第二次黄金期突入の象徴的作品。 名曲"デュード""エンジェル"を収録。

1989年
エアロスミスはアルバム"パンプ"をリリース。 "パンプ"はエアロスミス史上最も売れたオリジナル・アルバム。 この時期はハード・ロック人気の最終時期であり、トップ・チャートの 大半がハード・ロック・バンドというのもめずらしくなかった。

1993年
エアロスミスはアルバム"ゲット・ア・グリップ"をリリース。 以外だがエアロスミスはこのアルバムで初めて全米チャート・ナンバー1を獲得 した。名バラード"クライン""アメイジング""クレイジー"を収録。 "クライン"のPVではアリシア・シルバーストーンが出演し、話題となった。 また、"クレイジー"のPVにはアリシア・シルバーストーン、そして リヴ・タイラー(スティーブンの娘)が出演し、PVで親子共演が実現した。

1997年
エアロスミスはアルバム"ナイン・ライヴズ"をリリース。 このアルバムにはポップ的な路線もかなり入った。

1998年
エアロスミスはライヴ・アルバム"ア・リトル・サウス・オブ・サニティ"を リリース。このアルバムは2枚組で、エアロスミスの特大エンターテイメント を聴くことができる。

2001年
エアロスミスはアルバム"ジャスト・プッシュ・プレイ"をリリース。 このアルバムはスター志向のポップ路線。 スティーブンがギターと重ね合わせながら歌う"ジェイディッド"は傑作。 アルマゲドンの主題歌に起用され、世界中でヒットした"ミス・ア・シング"も収録。

2004年
エアロスミスはカヴァー・アルバム"ホンキン・オン・ボーボゥ"をリリース。 このアルバムで、エアロスミスは原点であるブルースをカヴァーした。

2005年
エアロスミスはライヴ・アルバム"ロッキン・ザ・ジョイント"をリリース。 このアルバムはラスヴェガスのライヴを収録している。


また、エアロスミスはベスト・アルバムをこれまでに何度かリリースしている。

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